【症例】損したくない・出し惜しみする心理②

  • セラピー症例

 

前回【症例】損したくない・出し惜しみする心理①では
私自身の話が長くなってしまったので…
本題はこちらからになります。

 

こんにちは♪ のりさん(谷口のりこ)です。


バリ好き、ヨガ好き、海好きの
アラフォーのりさんが、沖縄を拠点に


不自由な生きづらさを手放し
『心の土台を整え、生き方を再構築する』

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みなさんは自分から挨拶すること、なんの躊躇いもなくできますか?



なぜだか分からないけど、なんとなく
「自分からは挨拶したくない」
そんな感覚があって

相手からしてくれるなら、自分もあいさつを返せる。
それは問題ないんです。


異性の好意を抱いてる人にも
自分からは相手に気持ちを表わしたくないって、どこか感じるんです。

それはまるで、出し惜しみしてるかのような感覚に似てる。


お金に関しても似たような感覚があるんです。


支払いするときに ちょっと躊躇するような、渋るような気持ちがあって
自分で申し込みしたのに、料金の支払いもギリギリまで振り込みたくないんです。。。


そんな自分の症状が気になって
そこを改善したいなぁと心理セラピーを受けた方がいました。




これね、結論からぶっちゃけると
原因には【愛着(アタッチメント)】が絡んでいたんです。
(愛着とはスキンシップを主とした、愛情の繋がりから得られる温かい感覚で安心感の源になります)


ビックリしませんか?

自分から挨拶したくない原因が
人見知りとか、そんな単純なものでなく
【愛着】なんですから。


それぐらい【愛着】って
私たちの人生の至る所に影響を与えているんですよね。



愛着って多くの人が「自分には関係ない」と思ってるんですが
関係ないわけがないんですよね。。。


先日もあるクライアントさんが

愛着は聞いたことあったけど
自分に当てはまると思ったことなかったので目から鱗でした

と伝えてくれたのが印象的でした。


愛着というだけあって、その原体験は幼少期
お母さんとのやり取りを通してでした。


お母さんに甘えたい。
お母さんにくっつきたい。
お母さんを欲する気持ち。


そのような気持ち、幼い子なら誰でも抱きますよね。


そして、その想いが愛着行動に現われて
お母さんを求めていくんです。
(具体的にはお母さんに近寄る行為などです)


だけどね、
この時にお母さんは妹の面倒をみていたか、何かしらの理由があって
その子の求めには応じることなく

「ちょっと、あっち行ってて」と言うかのように
手でピシャッっと弾くような、拒否されたような
そんな感覚をご本人は受け取ってしまったんです。


その時の感覚を彼女の言葉を借りて言うならば


お母さんを求めてもはじかれた

弾かれるなら、求めて損した

損するくらいなら、最初から求めなければ良かった


私はもう、自分からは求めません
自分から(自分の気持ち)出しません



そんな感覚が無意識に潜んでいたので
そこから派生して、お金に関しても
【自分からは払いません(払いたくありません)】という感覚に転じていたんです。


沐浴のため、ティルタ スダマラへ

 

彼女は日頃の人間関係でも

どこか自分のことを、拒否するような人や
はじいてくるような人

そんな人をあえて自分から選んで関わっていたと気づきました。
(それは無意識で行われる選択なので、本人の自覚はありませんが)

 

そして相手から拒否られたり、はじかれたりすると
「あぁ。やっぱり損した。自分から行かなきゃ良かった」って思うことを繰り返してたんです。

これこそがビリーフ(思い込み)が起こさせる、強化行動なんですよね。



セラピーは
「これからは、弾かずに受け容れてくれる人を選んでも良い」
という新たな選択肢を取り入れて終了。


 

その後、この女性はどうなったと思いますか?

 

挨拶を自分からするようになったのはもちろん
数々の支払いを、スムーズにサクッとできるようになった

 

だけでなく!!

 

自分でも気づいてなかったけど、、、

今までは昔からの仲良い友人の誕生日を
毎年忘れてばかりいたらしいんですね。


忘れているから
「誕生日おめでとう」のひと言も言えないでいた。
(これも、自分から挨拶したくなかった気持ちに似ていたそうです)


それが今年は、誕生日を忘れることなく
自分から「おめでとう」と伝えられただけでなく

ちょっとした誕生日プレゼントも
出し惜しみすることなく購入することができたんですって。

家寺 バリ島では家の敷地内にもお寺があるんです

 

無意識レベルで起こることって
頭での理解が追いつくと、不思議だけどもとてもユニークで

「これが関係していたの?」という衝撃とで
いつもシンプルだけども巧妙だなぁと感じるんです。


だから私も、セラピーを受けるときは
自分の分析は脇に置いて、まな板の上の鯉状態でセラピストさんに委ねています。
(その方が結果的に、深いところまで掘り下げられるんですよね)

 

彼女は、自分から自分の気持ちを表せるようにもなってきて
好意を抱いてる男性に、ちょっとしたアプローチもできるようになったとのこと。


そしたらば今度は、アプローチできるようになり
相手もそれをしっかり受け取ってくれたんだけども
その先にまた、次なる課題を見つけた様子。



彼女を見ていると、玉葱の皮を1枚1枚丁寧にめくっていくように
一段一段、順調にステップを踏んでいくし
気づく力が高いので、比較的早いペースで進んでいるなぁと、ここ最近は思います。


そんな彼女も、ほんの2年くらい前は
「全然変われていない。まだ、同じような悩みでつまづいてる」って言ってたんですよ。



それが、ある段階を越えたとき
「ようやく、生きてくために必死だった所を越えて
幸せな人生にするための段階に入った手応えを感じる。

教子さんが話してた意味が、ようやく分かる気がする」と話してくれてたのを思い出しました。

 

今回ご紹介した症例は、私がセラピストとして行った個人セッションではありません。

 

ですが、この症例は
「私のブログを読む方にも、自分と向き合う参考になったら嬉しい」とご本人がシェアを快諾してくれたものなんです。


彼女のご好意と思いやりが、とても有り難いなぁと感じ
私も彼女に、出し惜しみなく与えていこうと改めて思いました。


それでは またブログでお逢いしましょう♪

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